2006年3月 8日 (水)

狂舞の虜

デール・カーネギーの書物に深い感銘をうけた。それによって葛藤が生じている。うむ。得だと思っていてもそう出来ないとは……

どだいおかしな性分だ。精神病質だ。ネクロフィリアだ。スコポフィリーだ。ヘルマフロディトスだ。エックスヒビティズムだ。

さて。己を蔑んで快楽を得るというありふれた行動には飽き飽きしてきた。なにかもっと熱狂的で楽しいことはないのかな。

最近の私の文章には力強さもなく情熱もなく方向性もない。不信的な側面を過剰にアピールしてはいるけど、これは決して定まった方向性ではないと思う。どこの誰が信じることができないせいで幸福になったと言った?聞いたことがない。

どうなっていくんでしょうかね。いや決して昨日酒を一滴も飲んでいないからこういった泣き言を並べているってわけではないんです。それに昨日もう一つブログをたてようと思ったにもかかわらず、今朝になるとやる気を失っていたからでも無いんです。

私は昨日の自分をいつも嘲笑し滑稽にしたてようとして生きているんです。私には昨日には意味があるが明日には意味がないようです。私の日常は、過去になることで、はじめて価値があるようです。

そろそろ口すっぱく私の友人諸君はこう言うでしょう。『まるで虚無主義だな……(笑)』だとか『何を一人演技をしているんだ……?(笑)』など。

そうでしょ?友人諸君。私の鋭利な第六感によってすでに察知しているんですよ。人間とゆう人間の匂いを嗅ぎ分けて、分別することができるんです。私にはね。

そろそろ腹を抱えて笑っているでしょうか?いやそれとも蔑んでいますか?『よく喋るやつだ……なんてペースなんだ……』とでも言っているんですか。

実際に告白すると私はこの文体を無表情で書いています。煙草を吸いながら。その表情は……無表情なんで表情なんてないですが、これといって何も感じない顔つきです。(今鏡で自分の顔を見たのですが、ひどい量の無精髭がおいしげっておりました)

この文章の意味が把握しやすいように私が少しヒントを書いておきます。三つほど。各自のご判断にお任せいたしますね。

誇大

実際以上におおげさで、また素晴らしく見せかけるさま

演技

いかにもそれらしく振る舞うこと。いつわりの態度

狂人

精神が異常な人

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2006年1月25日 (水)

象徴

私の隣に半分に割れた聖書がテープでとめられて大切に保管されているのを見ると、苛烈な残像を私は思い出す。私はその印象を紛失することもなく、また憎悪することもなかった。鮮やかに一つ一つのすれ違いと、それによる破滅を思い出すことができる。その様々な破滅は紛れもなく私に大志を抱かせた。

ある真夜中、ちょうど発作のように奮迅した。人々が発作のように自滅していく様を考え、人生がその繰り返しに過ぎないのではないのかと暗鬱な領域に踏み入れた瞬間であった。あの時の慄然とした表情と恍惚に包まれた表情が混濁した、あの一瞬の神秘的で珍妙な面持ちを是非とも見せてやりたいものだ。誇大妄想と自責の念が入り組んだ譫妄状態は朝までつづいた。

この夜、この激烈な印象を受ける二時間前に聖書を破っていた。
 
その原因はうまくいかないからだった。心の中の機微に疲れていたからだった。聖書は良心を象徴していた。私は間接的に自らを裁いたのだ。今でも自虐の後遺症として罪悪感に駆られることがある。

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2006年1月21日 (土)

太陽

アムステルダムの街頭で股で金を稼ぐ女と、手と口専門の女と日本から移住してきたとゆう男がいた。不思議な連帯感と親和感に包まれている三人はその包まれた世界の中だけで生きていた。他の人間が生きている感じている世界の中にぽつんとその世界はあった。宿命的な何らかの要因によって疎外されたのだろう。だが三人は自分たち以外を憎んではいなかった。その点を考えると、なぜこうまで子供と大人が一人一人の人間に入り組んで根付いているのか不思議でならない。でもこの三人が他を憎んでいないので俺は好きだ。本当に。だが……

三人には
親が必要だった
示してくれる人が必要だった
意味が必要だった
智慧が必要だった

太陽が昇る時、とても綺麗な顔で目覚める。一分一分たつごとに、形相が変わっていく。もっと肩の力をぬきたがっている。

致命的な意味で疎外された者達

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2006年1月13日 (金)

都内の女

紛い物の造形品を眺めている女がいた。都内の美術館で。彼女はそれが、紛い物であると知っているのか知らないのか、俺には分からないが、とにかくただ観察していた。俺は彼女を。彼女は造形品を。

ある程度、煙草一本分の時間が流れた。俺の目線は尻からじりじりと登り(いくら努力した所でじりじりと)顔を見た。

彼女は-泣いていた。
感極まって。

言わなかった俺は。
それが、フェイクだとか、世界はジョークだとか、涙はナルシズムだとか。

それから2日間、俺は何かに取り憑かれたように悩んでいた。

もちろん、3日後はけろっとして、部外者を決め込んでいる俺。

今になってふと思う。触れなくてよかったのか。本当に。

女の尻に 
いやこれはジョーク
あの2日間に本当は決断するべきだったのかもしれない。

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2006年1月11日 (水)

朝一のゲーム

目が覚めた。夕べは随分とはしゃぎ倒したようだ(それでも俺の心は空っぽだった)。朝の光を無意味に眺めながら彼女に言った。
「スクランブルエッグが食いたい」
険のある目付きで俺を一度睨んでキッチンへ向かう彼女。キッチン付近には夕べの残りもの、ドイツビールとホットドッグ、イタリアンピザが散乱している。「なるほど。そうゆう事か」エッグを3個割ってフライパンをいじり倒す彼女。俺は夢心地で朝の憂鬱で、朝の化け物で朝の虜だった。ふと
「おい。ケチャップじゃなくてマヨネーズにしてくれ」
彼女はこちらをみずにうなずく。俺は腹が減っていたし、今までにないほど、疲れている。自分自身でもそう信じたかったのかもしれない。だんだんそんな事を考え出すと堪らなくなる。何かが錯綜する心は素直にこういった。俺の言葉を借りて。
「エッグの他にソーセジが欲しいんだ。あるか?」
俺は無いのを知っていた。
「ないわ」
彼女は火を止めた。まだ焼けていないエッグ。
「俺と一緒に、ソーセジの議論をはじめる気はないか?」
彼女はこちらへ向かってくる。
「起きた時から、私はそのつもりよ」
ベットイン。
朝一のゲームはいつもこんな風に展開していく。

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甘い匂い

バスターミナルの公衆電話の先にベンチ。その手前で俺は乞食と戯れていた。俺はとても、当時の時代性を考えれば、相当臭っていた。乞食は俺と同じような-比喩でも何でもない。本当に俺と同じような-不思議な親和感があり、誰もがそれを認めていた。これは比喩だが、誰もの内蔵に、ある種の混沌と恍惚が眠っている。そこの貴族もそこの土方もそこの公務員も-そして俺。俺の倒錯。いや俺の内蔵だ。人は内蔵から腐っていく。生まれてくる時から腐っていた、なんて言うつもりはない。それぞれに何かがあり、何かを感じ、何かを決断する。それを重大に悩む俺達(俺と乞食)はまだ気がつかないでいる。俺達は明日を、明日をと悩んでいる。気がどうにかしていると錯覚する。錯覚を認知しようとする俺達。まだ気がつかない。哀れな俺達。なあ、手段はあるだろうか。俺達がバスターミナルから離れ、乞食は乞食のままで、俺はちゃんとして、そうできる手段はあるか?俺達の内蔵は生まれた時から腐っている。

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