練習帳を広げる老人
たしか昨日は2時半ころに寝た。そして8時半に起きた。この時間に起きるとなんだか学校へでも行くみたいな気分になる。思った以上に自分の頭がすっきりしているのが嬉しい。さっそく「いとしのエリー」と「ラストダンス」を聞いた。選曲ミスだと今になって思うよ。
さて、また今日から仕事だ。このサイクルにもなんとなく馴染んできたように思う。良い傾向だ。悪くはない。ただ衝動的な念に捕らわれることがままある。毎度ほおっておくのに苦労するんだ。
1.音楽関係を処分する
2.小説を処分する
3.死ぬか生きるの選択
この生活の中でなにか違和感があるとすれば、これらの衝動であるし、この衝動の原因の強迫がある。強迫とは好きなものを嫌いにしてしまう効果があるし、どう考えたって異常に焦りすぎなんだ。
それに今の環境に満足はなくて、新しい自分で物事を再スタートしたいとゆう発想もある。とても危険なものだ。繰り返してばかりじゃ結果は見えてる。勝負する為に生きよう。けどそれほど簡単でもない。ちがうかね。
「人生を下半身の接触」だとみる人間もいる。ただそれだけ、とはっきり断言する輩だ。それらの内にある、底無しの虚無が、見える。俺はまだまだ自分の気位の為に生きようと思う。
だからそうゆうやからから感化されては、ならない。俺に意志があるのなら、俺は自分の気位を守る。勝手な理由でこれを操られてはならないんだ。だいたい「上半身の接触」だけで充分だし、俺はそっちの方が好みだが。
話は終盤。文章について思うことがある。いやこれは人間性の話かな。俺は成長したい。文章について本当にましになりたい。
そこで思うのは、もっと人のことを考えられるようにならないと駄目だってことだ。俺の文には主観しかなく、昏迷な観念がただ渦巻いているだけなんだ。他人を描写は皆無だ。こんなんじゃ自分にしか興味がない人間みたいじゃないか。だからもっと人をみないとな。
雑多な主観からあるていど距離をとることを練習しようと思う。なに、あながち間違いでもないんだ。俺の意見も。ただ、やや、性急で、先を急ぎすぎる傾向があるってもんだ。少しずつ、なんでも取り入れていこう。
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