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2006年6月26日 (月)

ベープマットを不思議がる老人

昨日は危なかった。いつものくだらない怒りによって、本当に衝動的に仕事を辞める結果になるところだった。発作的な怒りを抑圧することは凄いストレスになりかなり有害だ。

今の俺の考えでは抑圧してよかった。有害ではあるが、怒りを爆発させてすべてを終わらしてしまう悲劇ショーよりはぜんぜんましだ。おっと、悲劇じゃなくコメディーだったか。

最近俺の調子はずれはじめている気がしてならない。原因は分からない。仕事は親と2人でやっているから、何より大切なのはこの2人のコミュニケーション。しっかりと安定して持続させなければならない。健全な会話をしないと。

いつすべてをぶち壊してしまうか分からない。そうなってはならない。以前よりも深刻にそう思う。「壊しても一からはじめればいい」と気楽な人間は言うかもしれない。いつもの垂れ下がった頬をして。

確かに一理ある。だがそうする事によって自分が致命的な行動にうつってしまうかもしれない。俺にはそうゆう不安が根付いている。壊すのは簡単。不安は壊した後、自分が自分をどう判断するかだ。間違いなく俺は自分を笑うだろう。蔑んで。

ああ。俺は声を大にして言う。死にたくない。もっと普通の感覚で生きたい。死にたくない。

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2006年6月25日 (日)

老人の頭髪

漠然とした疑問。俺はこんな夜の過ごし方を知らない。他の人はいったいどうやってこんな夜を越えていくのだろう。まさか寝て?寝て越える?まさかね……

有りえないほど惨めな夜だ。焼酎を3杯ほど飲んでもうそろそろ眠ろうとする俺がいる。両脇にはカップが一つずつありその両方に飲みかけのコーヒーが入っている。

あるHPで性的欲求不満を感じる者は食欲に走ると書いてあった。ふうん、そうかい。勝手にしてくれ。俺も節度を守って勝手にするから。

実はラーメンが食べたい。酒は欲求を解放する。俺の欲求は食欲?ふざけるな。もちろん性欲でもない。欲求なんてないかもしれない。

望みはある。それは一人で歩いていくこと、そして時折友人達と戯れること、それを幸せだと自覚すること。

人間同士の関係性、距離感はとても複雑だ。こっちが近いと思っていても相手はどうか分からない。だからといってこっちが先に手を打たないとなんだか虚しい。

寂しさの中で人間は自分の愚かさを知る。弱さではなく愚かなんだ人間は。馬鹿なんだ。よく言うだろ?馬鹿と言う奴が本当の馬鹿だってさ。

ああ。この世界。俺は好きだな。幸せは無数に塵のように舞っている。どこからどこまでが幸せと思うかだ。なああんた。こんな惨めな夜がそんなに悲惨かい。どうだい?

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乱視で悩む老人

また暗い土曜日だ。ここ1ヶ月ほど明るい土曜日は無かったんじゃないかと思う。最低限の行いを出来ない人間がいることに気が付く。長い間気が付いていた。俺は諦めたと同時に、自分がその人間に依存的になっていたんだとゆう自覚を確認した。こういった関係は経験上、確実にお互いを蝕む。簡単に傷つけ傷つけられたりしてしまう。まず間違いなく、俺とゆう人間の方がどういった観点から見ても、有害だろう。だからもう、いい、と思った。

こうなってくるとすべてを終わらせてしまいたいとゆう衝動に駆られる。それは死にたいとか溺死したいとかじゃなくて、一人になりたいといったもの。それは自分を痛めつけるといった変わった趣向なのかもしれない。くだらんくだらん。自己解説も自己観察もくだらん。俺はもっと賢くなろう。そうだろ?結局自分がどうしたいかだ。自分がどうありたいかだ。自分で決めよう。人の責任にはせずに。

いますぐにでもこの観念を振り払わなければ俺は同じような失敗をまたすることになる。うまく生きなければ。こんなに冷静に振る舞っていながら、平気で気取らずに全てを台無しにすることができるのも俺だ。気をつけよう。そうだ。今夜限りだ。とうげを越えれば明日からはまた平気だと思う。まったく疲れる週末。いやな週末だ。

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2006年6月24日 (土)

老人の倦怠と嗚咽

焦燥……なにかを始めなければ気が治まらない。なので4つめのブログをやろうと考えてみた。はっと随分前の事を思いだした。以前も俺はこんな調子で半ば強迫的に物事を実行していた。例えば衝動買いやHPの作成や自分の暴露がそれだった。考えてみればこれは危険な期間なのかもしれない。焦ることはないんだ……今の段階でなにかをやったとしても、それはなんの価値ももたない。俺はよくそれを経験的に把握しているはずなのに、いつまでたってもちんけな唱道者を気取ってる。間違いなく気取りたいと思っているんだろう。

人生の目的はなんだったんだろう。自分は何に恋をして何に憧れていたんだろう。脳裏にうっすらと残っているのは女でもなく遊びでもなく頽廃でもなかった-そこにあるのは真剣な騒音だった。当時の俺からしてみれば、それは本当だったし真でもあった。それ以外は駄目、とも思った。いつからかそんな思いも、一体どうゆう理由か知らないが隠されてしまった。俺は自分の迷いと臆病に気が付き眩暈がした。それを解決しなければ先へすすめない。そう思った。

さて、ゆっくりと自分の心を把握していこう。

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2006年6月22日 (木)

おもちゃを手にした老人

先日安いポータトーンのキーボードを買った。難しすぎる。練習曲は自分の好みでクロノトリガーの風の憧憬にした。一小節めをクリアするのに一日かかった。なんてこった。けどギターで曲を考えるより鍵盤楽器のほうがいいかもしれない。たぶん。

このブログは退屈だ。合計で3つのブログを立ち上げている。一つはここで、二つめは専門、三つめは演技……たまらないなー虚しいってもんじゃない。昨日知り合いからmixiに招待された。さっき登録した。これもつまらなそうだ。どれもこれも興味をかきたててくれるものがない。

最近思うんだが、ブログって媒体を使う前に、魔法のアイランドでやってた。なぜかブログとゆう形式よりも魔法のアイランドとかいわゆるHPってものの方がいいような気がする。なんでかっていうと、なんとなく。ブログは俺にとって、少しばかり先を急いで加速度的に流行りすぎた代物かもしれない。アイランドにもどそうかなーあれなら携帯でも普通にみれるし。

ちなみに今日は仕事が休みなんだ。毎週木曜日が休み。架空の世界の中で退屈を埋める人間が実際にある。俺には合わない。おれには、あわない。

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2006年6月18日 (日)

魂と魂を両手にのせる老人

以前言っていた懲役へいこうとしている人の話を最近きいた。今は近所の警察署の留置所に入っていて刑の確定を待っているらしい。執行猶予持ちだったので長くなるらしい。少なくとも3年はかたい。俺は面会出来るうちにしておこうと思ったんだけど、どうやら面会は許可されないらしい。俺は悲しい気分になった。

また違った人は入院している。これも前に言った人で、顔面をぼこぼこに殴られてその次の日にひき逃げされた人。そのひき逃げであばらにヒビが入り足にもヒビが入った。彼は1カ月前に入院して2週間前に手術した。今日久方に電話があって、どうやら順調らしい。ほとんど全ての歯が抜け落ちた彼は言う。

「俺は変身してでてくる。すぐに引っ越しだ。誰にも分からないような顔ででる。歯も全部いれてやるんだ」

アルコールがだいぶ抜けたような、歳をとったような覇気の無い声だった。彼はサイレース(ロヒプノール)といった眠剤を、自棄になって日本酒と山ほど呑んだ。当然頭はおかしくなった。俺も以前呑んだ記憶があるが、あれは酒となら2錠くらいでどうにも身体がおかしくなったはずだ。それを30錠くらいのんだようだ。その後は……もちろんくだらん頭で街を歩けば、くだらん人間がいつもより多く映し出される。ことは放っておいてくれない。衝突。俺は思う。もうそんな馬鹿げた、子供じみた、幼稚な、性懲りもない自棄はやめてほしい。だからこうも思っているんだ。自業自得だと。おやおや、ついこないだまで俺もこうだったのに、ずいぶんえらそうな言葉を思いつくようになったもんだな。けどそれが生きるってことだろ。ちがうかい。

こんな話を聞いたことがあるんだ。強盗するやつと万引きするやつ。どっちが更正しやすいと思う?強盗の方なんだ。人殺しと暴力魔、これも人殺し。極限(どっちにしても良いにも悪いにも極端に)いく人間は更正しやすい。そして更正した時、それはまた偏った更正になる。一番たちが悪く不安定なのが、半端者だ。半端に居場所は与えられない。だが半端者はその半端さ故に居場所を求める。が、それは不安定なものだ。人は普通になるか極端になるしか居場所を得られない。極論すぎて気味が悪いが、人は神か悪魔か、牢獄か天国か、それしかないんじゃないのかな。おっと、きちがいだ!このブログを書いているやつはおかしい……

俺はずっと以前、内緒で(誰に内緒なんだ?)心理学と非行、人格障害について知ろうとしてた。精神分析はあまり合わない気がした。俺は俺の体験で何かを掴もうとした。あの時期、あの観察と停滞の時期、あれは俺にとってどうなったんだろうか。なにを掴んだんだろう。それは人間に対する不信か、もしくは自分が生きる為に消されていく感覚だったのかもしれない。

最近数少ない友達ともうまくやれている。俺は本当に3年前より多くをしった。そして多くを実行した。捨て身で良いことも悪いことも。俺の回想癖はとても俺の為になっている。なんたって、回想ってのは自分をチェックするのに効果抜群なんだから。今、難しい時期に突入しそうな気がするから、俺は自分をよく統制しなければならない。一瞬の衝動と自棄が全てを、本当に簡単にひねりつぶす。人も俺もそれはもったいないし、おかしいと思う。だから俺は、生きるためにそうするんだ。生きるために。

ある友達にこう言われた。

「君の最初はとても純粋に見えたし純粋だったと思う」

「けど今はおっさんみたい」

俺は感心した。同時にびっくりした。俺は人からみたら純粋だと見えるんだなーと。けどその印象も今となってはおっさんかと。俺の弁解はするとするなら3つしかない。それは生きるためにおっさんになった。生きるために自分を縛った。生きるために口を噤んだってこと。分かるかな。分かる人はいるかな。俺は分かる。きっと誰もが分かるはずだ。生きようとする人間なら。

もう5時半……土曜日はあっとゆうまだ。特に変わったことはない。変わった事を死ぬ気で求める俺がいる。俺はそいつに酒と煙草をやっておとなしくさせる。そいつは最近になって懐いてきた。なんたってこんなことを言い出すんだから。

「まあ、こんな夜も悪くないな。楽しくもないけどゆっくりするのもいいもんだ」

ブラザー。今夜2人で寝よう。お前はあっちの布団で。

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2006年6月15日 (木)

老人を見つめる老人

老人です。毎週日曜日ゲートボールにはげんでおります。

老人です。毎週日曜日唾ととばしながら何かを叫んでおります。

さて。明日はわたしの休日だ。何をしよう。どこへいこう。なにを・・・・いや笑わないでくれたまえ。諸君。わたしのイメージを壊してくれたまえ。わたしは正直に言うのだから。

虚しい

ただその一言で一生を担っている。実は無趣味のわたしは困惑する事実を最近しらされた。毎週木曜日がわたしの休日と決まった。わたしは震えて狼狽した。同時に歓喜と焦燥を覚えた。笑ってはならない。人を笑ってはならない。

わたしは女々しい人間に怒りを覚える。それは時として、自分にもかかってくる。だから腰をすえて落ち着いて目をとぎすまそうとする。なにが見えるだろうか。わたしは長い年月を強度の乱視に見舞われている。時として逆に移るし、近くのものが見えず、遠くののもが見えるといったことがおこる。もちろん、逆もしかり。さてマッサージをしようかね。

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2006年6月11日 (日)

老人の死期

つまらない夜だった。今書き出しの時刻が3時半。12時からこの時間まで俺はつまらなかった。途中の時間、いつものようにノートに詩みたいなものを書いた。どうだろう。たぶんつまらないと思う。

最近、風呂に浸かって汗を流す習慣を身につけようとしている。親に馬鹿にされたんだけど、ようするにそんな事をするくらいならサウナに行けと。まあ俺は家で充分だと思う。

つまらない夜はみんな何をするんだろう。まさか寝るとかなんとか……俺にはそれは合わない。まず無理だと思う。なんせ寝るのがつまらないんだから。

昨日、朝の6時まで友達と呑んでた。病院のベンチに座って鳩を眺めて。鳩は馬鹿みたいに首を上下にふって歩く。俺はおもわず笑ってしまった。あーピザが食べたい。チキンのピザが。

実は俺もそろそろ気づいている。ある限度を、最低の限度を超えてしまったようだ。俺は。「俺は心底虚しい人間になった」とゆう自覚だ。仕事はいい。金もいい。なかなか良いんだけど、俺はまだ虚しい。ながくはないかもしれないな。

女ってのは虚しいもんだ。本当に。それでいて俺の怒りは反射的だし根源的でもある。「人間は虚しいもんだ」なんて俺には言えそうにない。その覚悟も確信もない。だいたい言ったところでどうなるんだい。。

さよなら。ビールを一本のんで寝よう。くだらん土曜日は終わった。明日も同じようなもんだ。あまりにも酷いと自分で壊してしまいかねない。気をつけよう。細心の警戒が必要だなー

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2006年6月 9日 (金)

鏡をみる老人

私は数日前、いつもの井戸端会議のメンバーのAさんからあるブログの噂を聞いた。そのブログは青っぽい色でやけに熱っぽい口調で語られているブログらしい。

噂とゆうかAさんはそのブログの管理人と親戚だとゆう。どうやらその管理人は普通じゃないらしい。大袈裟ではなく本当に。誰もそのブログに感化されず共感も受けないし、もう慣れっこになっていて呆れ果てているらしい(自殺未遂を頻繁にやる人間や酒の問題を抱えている人間に示される態度のように)

私は少しそのブログが気になってアドレスを教えて貰った。http://a-tomorrow.cocolog-nifty.com/blog/みたい。さて見てみよう。

ふむふむ。なんて虚しいブログなんだ。誰も訪問していないじゃないか。閑古鳥が鳴いているな。ふむふむ。このブログの文章は一体なにを表したいんだろうか。ん?いくつか気になるキーワードがあるが・・・・・・支離滅裂だな。このブログの管理人は老人なのか?いやそんなはずは・・・・・・

ふと思ったんだが、これは寂しさを紛らわせるためのものであって、それ以上でもそれ以下でもないんじゃないのかな。現に書いてある内容といったら、一人芝居みたいな、狂舞みたいな、道化ものみないた、そんなものばかりじゃないか。

それよりも気になったのはこの管理人の正体だ。複数なのか単体なのか・・・・・・明日Aさんに聞いてみるとするか。一応、お気に入りに登録しておくとするかな。

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「やってられんわ…」そう言った老人

おもしろくない老人がいた。その男は苦し紛れにある言葉を言った……「人間なんて変わるはずがない。絶対にない」そう。深い絶望の言葉だった。老人はある種の、ある技における達人であった。それは人を不快にさせる事と、人に不快にさせられることで。老人は日に日に年老いていった。以前にも増して深い憂愁に取り憑かれているようだ。

本日の午前一時あたり、老人は憤慨した。以前に、ほとんど同じようなケースで、何度か体験した種類の怒りであった。その怒りの最中に哲学めいた発想が浮かんだ。「わしゃ、もう長くはないのぅ……」当然の発想だった。老人は当たり前の発想を、さも悲惨に、さも戦慄的に感じ取った。顔面は蒼白になった。

歳のわりにたいへんな酒豪であった。眼前にある新品の焼酎「しろ」をみた。何かに酔ったような目つきでそれを手にして「今晩でこれをあけよう……わしゃもういいんじゃ……現世に何の未練もないぞ……」そう呟いた。わざとらしく、コップに並々に注ぎ、わざと少しこぼし、わざとそれを拭かなかった。私はそれをみて気持ち悪かった。これはだいぶと末期の気違いだとも思った。

彼の怒りは実はとても単純で子供じみたものだった。原因は携帯だった。彼は偏執狂で何やら連絡の一つや二つに関して、すぐにそこから怒りを汲み取ってしまうらしい。若いころ、彼が10代や20代の頃は、まだ誰でも相手をしてくれていたようだが、最近の彼には誰も寄りつかなかった。それほどに気持ちが悪かった。実際、その悲愴な実体を目の当たりにして私は絶句した。心底可哀想だと思った。けれど自業自得だとも思った。

過去に何度か携帯を破壊している彼は、また今夜もそうしようかと酒を飲みながら考えていた。けれどもやはり大人なので、破壊した後のメモリーのことや金の事がどうにも心配であった。私は老人に言った。「そんなものどうでもいいんじゃないか?気ままに破壊すればどうだ?」老人は逃げ腰になって言った。「わしゃおぬしほど若くないからのぉ……」失笑。低迷。無視。私は黙りこくった。私はこの老人の虚しさが、私の虚しさのように感じてしまった。老人はまだ呑んでいる。まだまだ、呑むらしい。

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携帯を不思議そうに眺める老婆

12時まで働いた。長い……また夜がある。同じような。今の俺からはどうこう抵抗することも御託をはくことも、出来そうにない。ほぼ完全に放置しているし、それがいいと思ってる。ふと爪が無いことと、顎がだるくなっていくのを感じる。少しの眩暈が俺を襲うが、ほおっておく。自分に関心をなくす夜……まあいいだろう。

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2006年6月 8日 (木)

雑草を植えて喜ぶ老人

分からないもんだ。二日間の休みはあっとゆう間に終わってしまった。俺は今、あるゲームをやっていてそれを合計12時間ちょっとやっている。懐かしい。退屈と渇望が渦を巻く。またそれを飽きもせず眺め、必死に何かしらの努力、逃避、無視、それらをきめこむ。あっぱれだ。ほんとうに。なあ。

また弾かれた気分だ。人は決して多くを語らず多くを望まない。たとえ望んでいたとしてもそんなそぶりを見せない。愛だけなら、それは退屈だろうか。それは惰性のはじまりだろうか。苛つく俺はそう思う。本気だなんて、馬鹿な考えはやめにしてみよう。

ある一瞬生活が変わろうとしていると感じた。世間に対する俺の見方が頻繁に変わるように、そんな感じがした。だがそれはほとんどが完璧な錯覚や勘違いだったりする。事実は、ただ気分がよく、世間を気分よくみなければならない、といった心理から、変わろうとしていると感じたんだ。つまらん男だ。こんな風にしか弁護出来ない俺は。

あらゆる馬鹿者が、自分が本当の馬鹿になりきれない事に嫌気がさしている

あらゆる偽善者が、自分が善にも悪にも徹しきれない事に嫌気がさしている

なあ、もうなにかになろうとするのはやめないか?俺は一足先にこのゲームを降りるとするよ。俺の悪い癖で、ただ自分が退屈なんでこんなゲームを考えついたのかもしれない。もちろん、このゲームに参加した者全員は、何かしらの退屈を抱えていたんだろうから責任は分散しよう。なに。俺は一つ考えてみた。

もし俺が「俺」になれて、馬鹿が「馬鹿」になれるとする。本当にそうなれるとするとだな。俺達は交流する必要が無いんじゃないのかね。俺達は自分の存在を間接的に確かめたくて交流していたのに、もし初めから自分は自分だと分かっているなら、交流の必要がない。どうだい。

ちっぽけな自我はなんだい。自分の全財産のその自我の為にどうするんだ。ゲームはゲームでいい。俺はコントローラーを握って離さないし、飯の時間を削ってでもゲームをする。俺はそうやって、自分が自分になれていない事を確かめるんだ。つまり俺は俺になれていないことをね。

退屈は寂しさだ。またこんな事を書き出しているようだ。ある専門書の分離不安と自立の項をよんだ。悲しいね。人は永遠にこの二つを揺れ動くんだと思う。一人でも生きられず二人でも生きられない。それは落ち着かない心のせいだ。それは人を信用せず安心しないせいだ。駄目だな。

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2006年6月 7日 (水)

まだ……か

2日間の連休が終わった……余りにも心を急がせすぎてしまって、何がなんやら整理も整頓もできずに過ぎていった。落ち着かずに無心でとばしたので少しの後悔がある。夏休みを過ごし終えた後にくる「現実へ戻る」といった感覚にとても近いんじゃないだろうか。俺も遊ぼうと思えば遊べるんだな……

さてまた水曜日の今日からがんばらないとな。酒を控えよう。夜の間はゲームでもしよう。とにかく平日に控えて休日にばこーんといったらいいと思う。その方が健康テキ。じゃな。

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2006年6月 5日 (月)

Good Lack

65日間、休みなしではたらいた。やっと明日、月と火が休み。初の。この休みの意味よりも、これまでよくここまでやったなーとゆう意味のほうが断然大きい。俺にとっては。それは経験とかゆうものなのかもしれない「なるようになる」よし、認めよう。確かになるようになったんだから。

一日8時間として65日……約520時間……映画が一本2時間として260本……アニメが一話30分として1040話……なんて膨大な時間数なんだろうか……俺の頭は少しクラクラする・・・

一体どこの誰が1040話のアニメを全部見ようと思うのだろう。途方もない時間がここにある。260本も映画を見たら、それなりに映画に詳しくなれそうな気がする。俺はただ仕事に詳しくなり、人の成り立ちや癖に詳しくなっただけだが。ばんざい。おめでとう。俺はよくやった。またこの2日間の連休が終わったら元に戻ろう。がんばろう。

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2006年6月 3日 (土)

スタジアム

6月になったみたい。うん。どうだろう。とくに何か変わることはない。ただ俺は、自分の衝動の内に危険なものを感じ取ったくらい。なんて馬鹿げたことを言ってしまう。まあ実際がそうなんだ。今日ある店にいったんだけど、とても楽しかった。その効果が俺を過去の幻想にトリップさせそうになる。楽しかったのならOK!で済む問題ではないようだ。やっぱり俺はまだ待とうと思っているし、何かを変えることができるんじゃないのかなとか思っている。みたい。

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